カルビーポテトチップスの商品力を高めて成功した成功例

カルビーのポテトチップスと言えば今でいえば当たり前ですが、発売当初はそうではありませんでした。

カルビーはどんなことをして現在の地位を築いたのでしょうか?

成功例を見ながら、その手法を学びましょう。

 

サムライコンサル塾

 

カルビーのポテトチップスとは

カルビーのポテトチップスとは、見慣れたこれのことです。


カルビーがポテトチップスを販売したのは、1975年のことです。

この時すでに30社以上がポテトチップスを販売している状態でした。

つまり、カルビーはかなり後発企業だったのです。

 

発売当初、目標売り上げは、30億~40億円だったと思われます。

しかし、蓋をあげてみたら、14億円。

失敗と言えます。

 

ここでカルビーは、ポテトチップスの問題点に向き合います。

売れ残ったポテチは油が劣化して、品質が低下してしまっていたのです。

油で揚げる以上、一定期間以上経過した商品は味が落ちると言うか、この頃だともう食べられないレベルだったのです。

 

カルビーのポテトチップスのブランド化

カルビーは、スナック菓子であるポテトチップスを生鮮食料品のように流通させる戦略を取ることにしました。

商品には、製造日と賞味期限を表示させたのです。

ポテトチップスと会社経営

 

また、農家との直接契約をして、大量に仕入れ、その新鮮さを売り場にまでアピールしました。

 

価格は分かりやすい100円に設定しました。

当時テレビCMで藤谷美和子を起用して、「100円でポテチは買えますが、ポテトチップスで100円は買えません。」と言うわけのわからないフレーズで話題になりました。

当時から、「プッツン女優」と言われていた藤谷美和子ですが、キャッチフレーズはかなりインパクトがあったのです。

 

良い製品を安い価格で提供する、と言う利益の出にくい戦略ではありましたが、民生品と言うことで数の勝負に出たと言ってもいいでしょう。

 

こうした戦略で、発売の翌年である1976年には、80億円の売り上げに達したのです。

現在では、カルビーが日本の全ジャガイモの収穫量の10%を使っていると言われています。

ポテトチップスの王者と言っていいでしょう。

 

そこまでになるには、こうした戦略があり、成功したのでした。

 

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